BOOKOFFで100円

BOOKOFFの100円棚で思い向くままに手にとった本を乱読した読書記録。ただし読書量は少なめ。

「くたばれ!専業主婦」石原 里紗

[2007年12月04日(火)]

前巻「ふざけるな専業主婦」に寄せられた専業主婦からの反論に対する筆者による再反論集。ちなみに前巻の主張は「専業主婦なんてゴミ。居なくなれとまでは言わないけど、偉そうに主張するな。黙ってろ」だそうです。

でもこれ、そもそも議論がかみ合ってないんですよね。筆者の言う働くとは「報酬を得ること」だそうです。それはそれで疑問があるんだけどそれは置いといて、とりあえず筆者がそう主張することは個人の主張だから別に構わないです。一方、専業主婦と言われる人たちの主張は「報酬の有無とは関係ない」ですから、それぞれ意見が違うわけです。どっちが正しいというわけでもないので、お互いの主張を一通り述べたら、あとは他の人がどう思うかだけの話。なのに筆者が「私の方が正しいのよぉ」と言ったってしゃーないわけで。

また、筆者は繰り返し専業主婦に居なくなれとは言わない、ただ黙っていろというだけだと書くんだけど、でも言葉の端々に「居なくなってしまえ」という意識が滲み出している。一見正論っぽいことを書いていながら、実際にはかなり醜い本心が出てしまっている構図は「サエない女は犯罪である」に似ているなぁと思ったら、あとがきによると両書の筆者は友達同士だそうである。類は友を呼ぶのか。そして両書ともに同じ出版社の同じ文庫に収録されているわけだから、そもそも編集部の出版方針がそういう方向なんだろうね。

さて筆者の主張によると、働くとはすなわち対価としての報酬をもらえることだそうです。報酬がもらえればどんなにくだらないことでも尊い労働であり、報酬がもらえないならどんなに素晴らしいことをしていても家畜以下の生ゴミだそうです。きっと筆者にとってはマザーテレサなんかも生ゴミなんでしょう。凄い人だ。マザーテレサまで出さなくても、老親を介護している人なんてのはどこからも報酬が出てませんよね。筆者はそういう事情があって働かない人は仕方が無いなんて言ってるけど、一方で無報酬は生ゴミなんだからそういう人も生ゴミやん。主張に一貫性が無いやん。

さて労働と報酬の関係について。会社で考えると、会社には総務や経理と言った間接部門と呼ばれる部門があります。一般にこれらの部門が売上や利益を上げることはありません。だからと言ってこれらの部門が不要なわけではありません。総務のお局様が威張っていて社長ですら頭が上がらないなんて会社に未来はありませんが、一方で間接部門の人が営業などのスタッフに対して「あなたのおかげで私たちは暮らせてます。私たちは家畜以下の生ゴミです」なんてへつらっている会社にも未来はないでしょう。それぞれの部門が果たすべき役割を果たすから会社は機能するんです。要するに報酬の有無と労働の価値は別に関係ないんです。そんなことを言っていたのは成果主義だなんて言っていた会社で、そういった会社は実際にはどんどん疲弊していってしまいました。

そして、この会社の構図はそのまま家庭にだって当てはめることが出来るんですよね。別に専業主婦は家畜でも生ゴミでもない。もちろん威張ることもないけれど。お互いに自分たちの与えられた役割を果たすことで社会は成り立っているわけで、そこに報酬の有無は関係ない。