BOOKOFFで100円

BOOKOFFの100円棚で思い向くままに手にとった本を乱読した読書記録。ただし読書量は少なめ。

「サエない女は犯罪である」笠原 真澄

[2007年02月14日(水)]

筆者は繰り返し繰り返し「悪口ではなく愛情なんです」と書くけれど、やはり悪口本に思える。前半の外見のサエなさを挙げるところでは特に。

なんで悪口に感じるかというと、やはり欠点を挙げてはいても改善点を書いてないからかなぁ。「デブはピンクハウス着るな」に「痩せろ」と付け加えてあって書いてないこともないんだけど、基本的には欠点のみをひたすらあげつらっている。もちろん改善点を挙げにくいこともあるだろうし、欠点をやめればそれでいいってこともあるだろう。でも、こんなちょっとの工夫をすればずっと良くなるよという話が少しでも書いてあれば、印象はぐっと変わってきただろうに。そうなるとハウツー本になってしまって本書のテーマがずれるから、しなかったんだろうか。

後半は言動や心理面でのサエなさ。ここでは基本的にはいいこと書いているとは思う。筆者のオリジナルと言うよりは普遍的に言われていることばかりのような気もするけど、だからと言って価値がないわけではない。

悪口は別にして、本書のサエない点を一つでも改善してサエるようにしようという意見自体には賛成はする。私自身もなかなか実践はできてないけど、そう心がけたいと思うし、本書を手に取ったのも自分自身の改善点を多少なりとも発見できないかなと思ったからでもあるし。膝下パンストの注意点のように私にはどうにも活用のしようのない情報はともかく、言動などではわが身を振り替える点もあったので、役には立った。女性だけが対象なわけではないのに、巻末の対談まで含めて男性を傍観者にしてしまっているのが残念ではある。これも、男性を含めてしまうとぶれてしまうからわざとなんだろうとは思うけど。

ところで、筆者はサエない点を一つでもサエるように改善しようと提案する。そうしてより良くしていくことはいいことではあるんだろうけれど、一方気になるのはサエないことは絶対悪なんだろうか。どんなにサエるようにしても、絶対にサエないことは世の中からなくならない。また、もしもサエた人だけの世の中が出来上がったとして、その中に万一サエない人が居たら、その人は排除されてしまうんだろうか。そこまで先のことは書かれてないのでわからないけど、私はサエない人にだってそこに居る権利はあると思うので、その点がちょっと気になる。脱オタマニュアルなどでも感じることだけど、ハウツーである内は無邪気なもんでいいんだけど、その路線がヒートアップしてくると「サエない」=「悪」という図式が見えてくる恐ろしさがある。本書の場合は、釣りとは言えタイトルがタイトルだから、余計に気になる。

重箱の隅的な突っ込みだけど一つ非常に気になった点。サエない言動として「常識」を持ち出す点を挙げている。筆者はよほどこの言葉が嫌いらしく、常識なんてものがどこにもないということを力説していて、それはそれで正論なんだけど、一方で冒頭に「世の9割の人が納得してくれるサエない点を挙げてみました」とか書いてなかったか?サエない人の「常識」はという単語がそういう意味ではないというのは理解できなくはないんだけど、めくらめっぽうに振り回した刀がうっかり自分の身まで切ってしまったように見える。